機密保持・NDA

NDAとは?必要なものか?何に気をつけるべきかについて経産省のひな形を用いて弁護士が徹底解説!

契約書の締結はとても大切

BtoBでもBtoCでも(もちろんCtoCでも)取引をする際には取引内容について双方で明確に取り決めをしておくことが後々のトラブル防止になります。
互いに「相手を貶めよう」などという悪気はなくとも、曖昧な取り決めに基づく勘違いによって、知らないうちに契約の内容について双方で取り違えが起きていて、気がついた時には大きな問題になっているということも少なくありません。
こうしたトラブルを防ぐためにために、ビジネスにおいて契約書は欠かせないアイテムです。契約書を作成する過程で双方の認識のすり合わせが可能になりますから、そもそも認識の齟齬を減らすことができますし、万が一、後日、トラブルが発生した際にも、契約時にいかなる取り決めをしたのかということは契約書を見ればわかるようになっているからです。
もちろん、契約書がなくとも契約自体は成立します。しかしながら、契約書の存在によって、後々のトラブルを防止するところまでしっかりケアした契約の成立を後押しすることができるのです。

秘密保持契約(NDA契約)とはなにか

こうした個別の業務に関する契約書と同時に締結することが多い契約書が秘密保持契約書(NDA Non-Disclosure Agreement)です。
とりわけM&Aの手続きの過程において譲受企業(買う側)が譲渡企業(売る側)から知り得た重要情報を外部に漏らさないように約束する契約としてCA契約書(CA Confidential Agreement)と呼ばれることもあります。
これは、取引当事者間で開示される情報や取引およびその履行過程で当事者が知り得た情報(秘密情報・機密情報といいます。)を第三者へ開示・漏洩しないようにという趣旨(秘密保持・機密保持)で、各種取引の前提として双方で取り決めをするものです。
耳にしたことがある、あるいはなんとなく署名押印したことがあるという方も多いかもしれません。最近は電子契約書も増えてきているので、契約書に対するサインのハードルもさがってきているように思います。
加えてNDAは業務委託契約書等の本契約のおまけのように思われがちですが、実は非常に重要な書面です。
ある程度雛形のようなものはあり、定型化している側面もありますが、そうしたテンプレートを用いることは決して悪いことではありませんが、締結する業務に関する契約内容に応じて、適宜見直す必要がある条文も存在します。
契約法務の履行においては、しっかり内容を理解して、より企業間取引における紛争防止に資する契約書作成を心がけましょう。

NDAはどのタイミングで締結するか

NDAを締結するタイミングはたいてい、契約締結段階です。
秘密情報の開示について取り決めを行うのがNDAの役割なので、できる限り秘密情報を開示するよりも前に取り交わしておきたいですよね。
もちろん、契約を締結するか否かの交渉段階等で秘密情報についてある程度、重要情報について話をせざるを得ない場面もあるでしょう。そういうときには、NDAの書き方を工夫し、契約締結よりも前段階に開示をしている重要情報のうちの秘密情報についても保持義務を課すようにする必要があります。
なお、交渉だけして契約締結に至らないということはビジネスとしてままあるお話です。そのような場合に備えて契約締結以前はできる限り秘密情報を公開しないに気をつけましょう。

NDAはなぜ必要なのか

基本的には秘密情報の他社への漏えいや不正利用を防ぐために必要となります。
自社の中で社員との間で締結することもあります。
その他にも以下の場合には秘密保持契約の締結が必要となります。

1)特許申請のため

対象となる秘密情報について特許申請を予定している場合には、NDAを結んでおく必要があります。
まず、特許をうけるためには「公然と知られた発明」(公知の発明)ではないことを示す必要があります(特許法第29条第1項第1号)。ここでいう「公然と知られた発明」とは、特許・実用新案審査基準によれば「不特定の者に、秘密でないものとしてその内容が知られた発明」を意味するものとされており、守秘義務契約により義務を課していない者に情報が知られた場合には、「公然と知られた」ものと認定されてしまう危険性があるということになります。つまりNDAを締結していない場合に、発明に関する情報が漏洩してしまうと、登録者はそれによって発明の特許を取得することができなくなる可能性があるので、特許申請を予定している場合には必ずNDAを締結しておく必要があるといえます。

2)不正競争防止法のため

不正競争防止法という法律においてもNDAを結んでおく必要がある場面があります。
例えば、新しい製品を開発している最中にその秘密情報が漏洩し、その漏洩した情報に基づいて他社が同一の製品を作成したとします。その場合に他社が作った製品を差し止めたり、損害賠償請求をするためには、漏洩した情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当していることが必要となります。
この「営業秘密」に該当するためには、その情報が秘密として管理されていることが必須条件なので、NDAを締結していないことによって、「営業秘密」であるという主張が弱くなってしまいます(締結をしていないから直ちにアウトというわけではありません)。反対にNDAを締結していることによって「営業秘密」であるという主張の裏付けをすることができるので、差し止めや損害賠償請求の可能性が高まります。

3)個人情報保護法との関係

個人情報保護法における個人情報取扱事業者には、その取り扱う個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講ずべき義務や、従業員・委託先に対して必要かつ適切な監督をなすべき義務が課されています。したがって、営業秘密に個人情報が含まれているような場合には、個人情報保護法を遵守するためにも秘密保持契約を締結しておくことが必要といえます。

NDA雛形から見るチェックポイント

■ポイント

NDAを締結する際のポイント

  • 何が秘密情報・機密情報に該当するのか
  • 開示された秘密情報・機密情報を使用することができる範囲はどの程度か
  • 秘密情報・機密情報を取り扱うことができるのは誰か
  • 開示された秘密情報・機密情報の取扱方法・管理方法
  • 開示された秘密情報・機密情報が漏洩した際の賠償責任
  • 契約終了後の秘密情報・機密情報の取扱
  • 契約終了後の秘密保持期間

情報の開示側(開示当事者・情報提供者)はできる限り多くの情報を秘密情報・機密情報に該当させ、かつそれらの使用範囲を狭く設定したい、と思うでしょうし、情報を受け取る側(受領側)は秘密情報・機密情報の範囲を狭くし、使用範囲を広く設定することで、広い範囲で情報を活用させたいと考えるでしょう。
そこで両者のせめぎあいとなるので、NDAの契約条項を通じてによってこのあたりを整理していきます。

NDAについては経済産業省がリリースしている「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」の中にひな形のようなものが掲載されています。ぜひ、一度ご確認してみてください。
(参考:https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf )

ここでは、NDAのフォーマット雛形条文を用いて、各条項についての解説をしていきます。

■締結方法

NDAは通常の契約書の中に盛り込んで記載することもできますし、このように別途の契約書として締結することもできます。
別途の契約書として締結する場合には、通常の業務提携に係る契約書において、別途、秘密保持契約書を締結する旨を明示して、何に関連する秘密保持契約であるのか等、契約関係を明確にしておきましょう。

■頭書

__________株式会社(以下「甲」という。)と__________株式会社(以下「乙」という。)とは、__________について検討するにあたり(以下「本取引」という。)、甲又は乙が相手方に開示する秘密情報の取扱いについて、以下のとおりの秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

ここでは契約当事者が誰であるか、そしてその契約当事者が秘密保持に関して契約を締結する旨が記載されています。さらにはその秘密保持が「本取引」のために開示される情報であるという情報の開示目的も記載されています。
目的を頭書に記載しておくことによって、以降で記載される秘密保持契約がなんのためのものなのかという点がわかりやすくなります

○目的

目的の範囲は慎重に検討すべき事項です。
あまりに広く目的を定めてしまうと受領当事者がほぼ自由な状態で受領した情報を使用することができるようになってしまいます。他方、あまりに狭く目的を定めてしまうと、受領当事者が情報を必要な範囲で十分に有効活用することができない、あるいは意図せず目的外の使用をして契約違反となってしまうという状況がおこります。

■定義

第1条(秘密情報)
本契約における「秘密情報」とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。
ただし、開示を受けた当事者が書面によってその根拠を立証できる場合に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
(1)  開示を受けたときに既に保有していた情報
(2)  開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
(3)  開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
(4)  開示を受けたときに既に公知であった情報
(5)  開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

○契約義務者が誰か

ときどき片面的な秘密保持契約も存在します。秘密保持契約とともに締結される本契約において、情報の開示が一方通行である場合にはそれでも問題はないのですが、契約関係においては多少なりとも双方向で情報開示が行われるものです。
この雛形のように双方に(甲にも乙にも)秘密保持義務が課される内容であることが望ましいといえます。

○秘密情報の定義について

このサイトでは「秘密情報」と記載してきましたが、呼称は秘密情報だけではなく「機密情報」や「企業秘密」などどのようなものでも問題ありません。それに伴って、契約書の名称も「機密保持契約書」、「秘密情報保持契約書」となったりしますが、この点も特に問題はありません。

まず、第1条においては、この契約内で何が秘密情報に該当するのかを記載しています。ここで定義される内容がこの契約書の中で、公開や使用方法について制限をうける対象となるので、とても大切です。
経産省の契約書では秘密情報の範囲が「相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明治した技術上又は営業上の情報、本契約の存在および内容その他一切の情報」と比較的広く設定されています。
ここの設定はケースバイケースなので「〜の情報のうち書面にて秘密情報と指定したもの」と秘密情報の範囲を狭くすることもあります。
いずれの場合でも、相手方に対し秘密情報であると認識させることが必要なので「秘密情報であると指定したもの」という趣旨の文言は必須です。

また、この雛形では「一切の情報」として包括的に設定していますが、特定できるのであれば、できる限り具体的に特定をしておく方が望ましいといえます。
なぜならば、対象が広範におよぶと情報の受け手側は厳密に管理するべき対象を絞り込むことができず、情報漏洩対策に多大な労力・時間・費用を費やすことになってしまうからです。
秘密情報の対象を絞ることによって、より厳密かつ効率的な秘密情報の漏洩対策を実施することができるので、本当に第三者に漏らしてはいけない秘密情報の漏洩リスクも低減することができるともいえます。

具体的に特定する方法として例えば、秘密保持の対象情報を別紙でリスト化し、随時更新することも考えられます。その場合には
「甲が乙に秘密である旨を指定して開示する情報は、別紙のとおりである。なお、別紙は甲と乙とが協力し、常に最新の状態を保つべく適切に更新し、更新の都度相手方に適宜の方法で通知をするものとする。」 
と規定しておくといいでしょう。

その他にも、口頭や映像等で情報が開示される場合に備えて、以下の規定を追加することも考えられます。

「甲又は乙が口頭により相手方から開示を受けた情報については、改めて相手方から当該事項について記載した書面の交付を受けた場合に限り、相手方に対し本契約に定める義務を負うものとする。」
「口頭、映像その他その性質上秘密である旨の表示が困難な形態又は媒体により開示、提供された情報については、開示者が相手方に対し、秘密である旨を開示時に伝達し、かつ、当該開示後7日以内に当該秘密情報を記載した書面を秘密である旨の表示をして交付することにより、秘密情報とみなされるものとする。 」

もっとも契約の最初の段階で、具体的に特定しきってしまうことは困難なので、この雛形のように包括的な記載になることが多くなっています。

○契約前段階の秘密

基本的に秘密保持義務は契約締結後に開示された事実に対して効力が発生します。
しかしながら、業務提携等に向けた交渉段階において知った事実や、そもそも交渉をしている事実等も秘密情報であるとする場合があります。
たとえば、業務提携の検討の事実については、他の秘密情報と比べて、秘密保持義務が生じる契約期間は短くし、その部分についての自動更新条項は置かないという方向になることが一般的です。また、業務提携を合意した時点でその業務提携の事実の公表について、双方協議のもとで行う旨を併せて合意することもあります。

○公知

一般的な「秘密情報」の定義ののちに、例外規定が設けられています。
この5つは多少書きぶりが異なることはあっても、基本的には定型文として盛り込まれるものです。
この中で「公知」という言葉が使われています。これは文字通り、公に知られている、という意味ですが具体的には、以下のものが考えられます。

たとえば、セミナーや講演会などで講師が話した内容は、受講者という不特定多数の者に公開され、公然と知られるようになったものということができるので「公知」に該当します。
他方で、雑誌等の原稿に記載した内容を編集者に提出したのみでは不特定多数の者に知られている状態とは言えないので公知には該当しません(発行前の内容が公にされることは業界の掟としてありえません)。その雑誌が発行された段階で(事実としてはその段階でまだ誰一人として購入していなかったとしても)公知となったといえます。
さらに、会社のごく限られた一部の関係者だけに共有され、利用することができる部外秘で公開されているような情報は公知になったとはいえません。

つまり、不特定多数に対し、公開されているかどうかという点が「公知」の判断において大切になります。

○例外規定

秘密情報の例外として5つ(場合によっては4つのこともあります)規定されます。これらは共通して、「公知情報」を秘密情報から除外するための規定です。いくら相手方から「秘密情報」として受領したとしてもその情報がすでに不特定多数に知られているような情報である場合、秘密情報として厳重に取り扱う意味がありません。
そこで下記のような例外規定を設けて公知情報を秘密情報から除外しているのです。

(1)開示を受けたときに既に保有していた情報

同上

開示された時点においてすでに知っている情報を相手方から改めて受け取った時には、その情報は秘密情報から除外されます。
受領当事者としては、相手方から開示されるまでは自由に開示・使用することができた情報なので、そのような情報の使用を制限される必要がないためです。

(2)  開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報

同上

受領当事者(Aさん)が開示当事者(Bさん)とこの秘密保持契約を締結し、AさんがBさんからある情報を秘密情報として取得したのですが、その後、Bさんに対して秘密保持義務を負うことなく適法にその情報を保有している第三者(Cさん)がAさんに対して同一の情報を提供した場合、Aさんはその情報を秘密情報として厳重に取り扱わなければならないのでしょうか。
秘密情報の例外規定は、第三者に知られている「公知情報」を秘密情報から除外するための規定です。そうすると、BさんとCさんが同一の情報を持っていた時に、CさんがBさんに対して秘密保持義務を負っていない以上、その情報はCさんによって、あるいはCさん以外の別人も保有している可能性がある公知情報に等しいので保護する必要性が低いことになり、Aさんは開示や使用を制限される必要がありません。

(3)  開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報

同上

この例外規定も上記(2)と似ていますが、たとえばある研究結果について受領当事者Aさんが開示当事者Bさんから秘密情報として開示を受けたのですが、後日Aさんが独自の研究によってその研究結果を創出することができたとしたら、AさんはBさんから情報の開示を受けていたばっかりに独自の研究結果として論文発表をすることができなくなってしまうのでしょうか。
この場合あくまでもAさんが独自の研究によってその結果に辿り着いた、Bさんからの情報に頼っていないということが必須ですが、Aさんの研究努力をBさんから開示を受けたという事実によって制限される理由はありません。したがって、Aさんは自由に情報の開示・使用をすることができます。

(4)  開示を受けたときに既に公知であった情報

同上

開示された時点において、受領当事者自身は知らなかったとしても、すでに公に知られているような情報を受領した場合には、本来的には公知の情報である以上、受領当事者はその情報の開示・使用等に制限をうけません。

(5)  開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

同上

基本的には公知情報は受領当事者は自由に開示・使用することができます。しかしながら、受領当事者が秘密保持義務に反して秘密情報を漏洩した結果、公知情報となった場合に受領当事者が秘密保持義務を免除されるということになると、受領当事者に秘密保持義務を課す意味がなくなってしまいます。
そのため、開示後に公知になった情報のうち、受領当事者の責めに帰すべき事由(受領当事者に責任がある状態)で公知になってしまった場合を例外規定から除外しています。

■取り扱い

第2条​​(秘密情報等の取扱い)
1 甲又は乙は、相手方から開示を受けた秘密情報及び秘密情報を含む記録媒体若しくは物件(複写物及び複製物を含む。以下「秘密情報等」という。)の取扱いについて、次の各号に定める事項を遵守するものとする。
(1)  情報取扱管理者を定め、相手方から開示された秘密情報等を、善良なる管理者としての注意義務をもって厳重に保管、管理する。
(2)  秘密情報等は、本取引の目的以外には使用しないものとする。
(3)  秘密情報等を複製する場合には、本取引の目的の範囲内に限って行うものとし、その複製物は、原本と同等の保管、管理をする。
(4)  漏えい、紛失、盗難、盗用等の事態が発生し、又はそのおそれがあることを知った場合は、直ちにその旨を相手方に書面をもって通知する。
(5)  秘密情報の管理について、取扱責任者を定め、書面をもって取扱責任者の氏名及び連絡先を相手方に通知する。
2 甲又は乙は、次項に定める場合を除き、秘密情報等を第三者に開示する場合には、書面により相手方の事前承諾を得なければならない。この場合、甲又は乙は、当該第三者との間で本契約書と同等の義務を負わせ、これを遵守させる義務を負うものとする。
3 甲又は乙は、法令に基づき秘密情報等の開示が義務づけられた場合には、事前に相手方に通知し、開示につき可能な限り相手方の指示に従うものとする。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

1項1号 
情報取扱管理者を定め、相手方から開示された秘密情報等を、善良なる管理者としての注意義務をもって厳重に保管、管理する。

同上

必ず「善良なる管理者としての注意義務」(善管注意義務)の対象としましょう
善管注意義務とは、義務者の職業や社会的・経済的地位に応じて、取引通念上一般的・客観的に要求される注意義務のことを言います。
情報取扱管理者を設置することによって万が一、秘密情報が漏洩してしまった際に、情報の開示・漏洩の事実自体は証明できなかったとしても、管理体制を整えていなかったこと自体を根拠に相手に対して責任追求することができるという見解もあります。しかし、実際のところよほど管理体制が杜撰でも無い限り、情報漏洩の証明ができない状態で管理体制の不備の証明は難しいですし、仮に証明できたとしても、管理体制の不備と情報漏洩による損害の発生との間の因果関係を証明することは容易ではありません。
したがって、管理体制を整えることは、責任追求のためというよりはむしろ情報漏洩が起こりにくくなるような体制の構築のためという予防的な観点から情報取扱管理者を設置するのだと捉えておくといいでしょう。

1項2号
秘密情報等は、本取引の目的以外には使用しないものとする。

同上

基本的には開示している情報を目的外使用することは認めない方向に定めておく必要があります。これは秘密保持契約の中核となるものです。必ず規定しましょう。

1項3号
秘密情報等を複製する場合には、本取引の目的の範囲内に限って行うものとし、その複製物は、原本と同等の保管、管理をする。

同上

秘密情報の複製は禁止や制限がされていない限り、目的外使用の禁止など秘密保持契約に違反しない限度において受領当事者の自由です。
したがって、秘密情報の複製の禁止や制限を希望する場合には必ずその旨を規定しておかなければなりません。 
禁止や制限の方法としては、「一切禁じる」、「複製をする際はその都度相手方に対し事前に書面による承諾を得なければならない」など色々とあります。
情報を開示する側としてはできる限り複製を禁じた方が情報漏洩の危険は低いと言えます。他方で受領当事者としては、複数人で仕事をする場合等において複製を一切禁止されると非常に使い勝手が悪いものとなってしまう可能性があります。
そこで折衷案として「書面による承諾がある場合に限り複製を認める」と規定したり、あるいは「複製物を作成した場合には、複製の時期、複製された記録媒体又は物件の名称を別紙のとおり記録して当該別紙を相手方に提出し、相手方の求めに応じて、当該複製記録の開示も行う。 」とすれば、ある程度、受領側も自由に使用することができますし、他方で開示者側の管理も一定程度及ばせる方向にすることもできます。

1項4号
漏えい、紛失、盗難、盗用等の事態が発生し、又はそのおそれがあることを知った場合は、直ちにその旨を相手方に書面をもって通知する。

同上

できる限り迅速な通知を求め情報漏洩による被害を最小限にとどめることを目的としています。

1項5号 
秘密情報の管理について、取扱責任者を定め、書面をもって取扱責任者の氏名及び連絡先を相手方に通知する。

同上

取扱責任者等、秘密情報の授受を行う窓口を設けることによって、情報漏洩のリスクを最小限に抑えることができます。

2項
甲又は乙は、次項に定める場合を除き、秘密情報等を第三者に開示する場合には、書面により相手方の事前承諾を得なければならない。この場合、甲又は乙は、当該第三者との間で本契約書と同等の義務を負わせ、これを遵守させる義務を負うものとする。

同上

秘密情報はできる限り第三者への開示を行わないようにすることが情報漏洩のリスクを回避する確実な手段なのですが、開示を一切禁止するとかえって業務の完成の点から不都合が生じてしまうことがあります。
たとえば情報の受領当事者が、秘密情報を受領後、下請け業者に仕事を依頼することが予定されている場合等には、契約当事者以外の第三者である下請け業者に秘密情報を伝えなければ、仕事を完成させることができません。ここで秘密情報の開示が一切禁止されていると、受領当事者が技術的に独自で完成させることができない仕事の場合には、結果として仕事を完成させることができないということになります。
下請けが1箇所のみであれば、情報開示当事者が当該下請けと別途秘密保持契約を締結すれば足りるかもしれませんが、仕事の内容が複雑であればあるほど下請け業者が1箇所であるとも限りません。そうすると、その都度開示当事者が下請け先である第三者と秘密保持契約を締結することは非常に手間がかかる作業といえます。
したがって情報受領者と「同等の義務を負わせ」ることを条件にして、事前に一定程度第三者へ開示することを許容しておくためにこの条項があります。
なお、「同等の義務を負わせ」るに止まらず、第三者に開示した者は、第三者が負う責任を連帯する旨が規定されていることもあります。

3項
甲又は乙は、法令に基づき秘密情報等の開示が義務づけられた場合には、事前に相手方に通知し、開示につき可能な限り相手方の指示に従うものとする。

同上

法令等に基づく開示の例外としては、裁判所による判決・決定・命令、監督官庁による規則・処分、金融商品取引所による規則・処分等が考えられます。

■返還義務等

第3条(返還義務等)
1 本契約に基づき相手方から開示を受けた秘密情報を含む記録媒体、物件及びその複製物(以下「記録媒体等」という。)は、不要となった場合又は相手方の請求がある場合には、直ちに相手方に返還するものとする。
2 前項に定める場合において、秘密情報が自己の記録媒体等に含まれているときは、当該秘密情報を消去するとともに、消去した旨(自己の記録媒体等に秘密情報が含まれていないときは、その旨)を相手方に書面にて報告するものとする。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

秘密情報の取扱において、使用終了後の問題があります。契約が終了した際に、放置してしまうと捨てられた情報にアクセスされて情報が漏洩してしまうという可能性があります
したがって、使用が終了した情報については返還を求め、開示当事者が自らの手で処分をするよう定められています。

今回のように返還を求めるものの他には、「開示当事者の指示に従い、開示当事者から提供をうけた秘密情報およびその複製物並びに複写物の全てを開示当事者に返還又は廃棄しなければならない」という場合もあります。
このように廃棄を求められた場合には、情報が判別不能となる措置を講じることが必要です。
PCやサーバーのハードデスク内のデータは削除後「ゴミ箱」も空にする必要があります。またこの状態では復元が可能となっているため、ツールを使いデータ抹消処理を行うことが望ましいでしょう。書面や出力した情報についてはシュレッダー等による裁断や溶解処分等情報の判別が不可能となるような措置が必要です。

■損害賠償等


第4条(損害賠償等)
甲若しくは乙、甲若しくは乙の従業員若しくは元従業員又は第二条第二項の第三者が相手方の秘密情報等を開示するなど本契約の条項に違反した場合には、甲又は乙は、相手方が必要と認める措置を直ちに講ずるとともに、相手方に生じた損害を賠償しなければならない。また情報を開示した当事者は、条項に違反した相手方に対し秘密情報の使用差止を請求することができる。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

○損害賠償

損害賠償の種類としては、開示当事者が直接被った損害(直接損害)の他に間接損害特別損害逸失利益があります。
間接損害とは、情報漏洩によってさらに強化しなければならなくなったセキュリティ対策費用等情報漏洩事故によって開示当事者が間接的に被った損害のことを言います。
特別損害とは、開示当事者の特別な事情から生じた損害のうち、その特別な事情について、情報漏洩発生以前に受領当事者が予見することができた損害のことをいいます。
逸失利益とは、本来得られるはずだったのにもかかわらず、情報漏洩事故が起こってしまったことによって得ることができなかった利益のことを言います。

今回の雛形のように特に限定がされていない場合にはこれら全てが賠償の対象とされますが、損害賠償の範囲を「契約金額の範囲内とする」などという形で上限を定めたり、「直接損害のみ賠償する責任を負う」と限定したりすることもがあります。
立証の観点から見ると、開示当事者が直接被った損害(直接損害)以外は、情報漏洩事故と損害との因果関係の立証が困難であるため、賠償の対象となることが難しいといえます。また開示当事者に悪意があった場合には、間接損害・特別損害・逸失利益の解釈によって損害賠償の対象を広くとることが可能になり、受領当事者(情報漏洩当事者)が必要以上に賠償責任を負わなければならなくなる可能性もあります。
したがって、損害等の賠償範囲についてある程度の制限や免責規定を盛り込むことも多く見られます。

○差止め

情報漏洩の場合には、損害賠償請求のほかに使用の差止め請求を認めておき、被害の拡大防止の対策をしておくことが有用です。

■有効期限

第5条(有効期限)
本契約の有効期限は、本契約の締結日から起算し、満○年間とする。期間満了後の○ヵ月前までに甲又は乙のいずれからも相手方に対する書面の通知がなければ、本契約は同一条件でさらに○年間継続するものとし、以後も同様とする。ただし、第●条、●条、●条は本契約終了後も存続する。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

契約の有効期間は、NDAにおいて必ず規定される条項です。有効期限を定める場合には、有効期限満了後も効力を残すべき条項がないかという点を必ず確認しましょう。
たとえば、

  • 返還請求や破棄の請求
  • 損害賠償や差止め請求
  • 裁判管轄

などは秘密保持契約が終了した後も引き続き効力を有する旨、規定しておくことが必要です。

NDAを個別に締結するのではなく、通常の契約の中に盛り込む形で規定する場合には、その契約と同時にNDAが終了して不都合がないか、NDAだけ別途期間を定めておく必要はないか、確認をしましょう。
たとえば、契約が期間満了あるいは解除によって終了した場合には、その時点で秘密情報として開示されていたものが第三者に公表されてしまう可能性があります。そうなると不都合である場合には、秘密保持義務について契約終了後も一定期間は存続させるようにするべきでしょう。

第6条(協議事項)
本契約に定めのない事項について又は本契約に疑義が生じた場合は、協議の上解決する。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

こうした規定をいれることが一般的です。

第7条(管轄)
本契約に関する紛争については○○地方(簡易)裁判所を第一審の専属管轄裁判所とする。

「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

遠方の会社と契約をする際など、あらかじめ自社の近くの裁判所を専属管轄としておくと、万が一裁判になった際にも遠方の裁判所に足を運ぶ必要が原則なくなります。

その他契約に関する注意事項

■解除について

通常の契約では相手方が契約違反をした際の措置として、損害賠償請求の他に契約の解除という規定が設けられています。
しかしながらNDAでは基本的に解除条項はいれません。なぜならば相手方の秘密漏洩に対して秘密保持契約を解除するとしてしまうと、相手方はますます秘密保持義務から免れることになるからです。

■反社条項について

NDAの中に契約当事者が反社会的勢力ではないことの表明保証にあたる規定(以下「反社条項」といいます。)を入れ、その規定に違反した場合は、契約を解除するという条項を入れているものもあります。
しかし、これについてもNDAを解除してしまってよいのかという問題があります。
NDAは、あくまでも何らかの取引の前提となる契約です。反社条項を入れる場合には、NDAではなく本契約の方に入れこみ、反社条項に違反した場合は、その本契約自体を解除して、あくまでもNDAは存続させることが大切でしょう。

■知的財産権や成果物の取り扱い

知的財産権や成果物の取り扱いについてNDAの中で定められていることがあります。
NDAは秘密情報の目的外利用を禁じたり、情報が漏洩するリスクを低減させることを目的に締結されますが、開示される秘密情報に基づいて新しい発明や考案、創作がなされる場合もあります。したがって、秘密情報に基づく新しい創作についても事前にNDAの中で取り決めが行われるのです。
そもそも知的財産権とは、人間の知的活動によって生み出されたアイデアや創作物である「知的財産」を創作した人の財産として保護するための権利です。
知的財産権には、特許権や実用新案権、著作権、意匠権など様々な権利がありますが、この知的財産権や成果物について、著作権の所在を明確に定めていなかった場合、ある製品を発注し、それが完成したとき注文者と製作者のうち、完成品の著作権を持つのはどっちになるでしょうか。
原則として著作権は製作した者に属する権利なので、製作者に権利が属することになります。しかし、それを放置しておくと発注者側はその製品を自由に複製したり、公表したりすることができなくなります。そこで通常は、発注者側に属するように明記したり、製作者が著作者人格権(勝手に修正しないで、とか勝手に公表しないでなどという権利)を行使したりしないように定めておくことが多いです。
もっとも、NDAの中に記載せずとも、本体の契約において記載していることも多くあります。

■競業避止義務

NDAを締結するということは会社の秘密情報を相手方に開示することを意味します。そして、この会社の秘密情報の中には、会社独自のノウハウ顧客情報等が含まれていることが多くあります。
相手方にこうした情報を提供してしまうと、相手方がこの情報を利用して同じ内容のビジネスを行う可能性が考えられます。いくらNDAを締結してもそのNDAに有効期限がある場合、その有効期限を過ぎれば、いくらでもその情報を用いてビジネスを始めることができてしまいます。
そこで、競業避止義務を設けてそうした行動を制限することがあります。この場合の競業避止義務とは、相手方会社の競合に当たるような会社との取引や転職、競合する企業の設立などの行為をしてはならないという義務のことをいいます。
もっともこの競業避止義務は仕事を依頼する立場としては相手方に締結して欲しい内容ですが、仕事を受ける側としては、今後のビジネスの幅が狭まってしまうため、受諾し難い内容といえます。
こうした事情から折衷案として競業避止義務を課す時期についてNDAが前提となっている本契約がひと段落するまでの期間を見定めて「○年間」という形で、期間制限をもうけて契約書にいれこむ方法がとられています。

■収入印紙

秘密保持契約は、秘密保持に関する内容のみを合意するのであれば、通常、印紙は不要です。
ただし、秘密保持契約において、通常の秘密保持に関する事項以外について合意する場合、たとえば、継続的取引に関する事項や、開発委託に関する事項について合意する場合には、印紙が必要となることがありますので、その当たりも注意が必要です。

締結後の注意点

他社との間でNDAを締結した場合には、従業員に周知を徹底しましょう。
契約書をかわした会社の上層部の人間だけがNDAの存在を認知していても、実際にその情報にアクセスする従業員がNDAの存在を知らなければ情報漏洩のリスクは回避できておらず、NDAを締結した意味がありません。
万が一、情報漏洩が起こってしまった場合、漏洩をした本人だけではなく、会社側の責任が問われる可能性も十分にあります
したがって、リスクを回避するためにも従業員にNDAを周知させ、場合によってはその契約内容等についてしっかり解説を行っておきましょう。

おわりに

NDAに重要性とその内容について解説させていただきました。
何気なくサインをしてしまっている、あるいは締結すらしていない、というあまり目立たない存在の契約書ですが、実はとても大きな役割をもっています。
今後契約を締結する際には、本契約の内容とともにNDAの内容についてしっかりと確認をしておきましょう。顧問弁護士がいる場合には必ずチェックしてもらうことをおすすめいたします。

TOP