労働基準監督署とは
(1)労働基準監督署とは
労働基準監督署は、厚生労働省の出先機関であり、企業が労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法など労働関係法令を守っているかチェックし、違反がある企業に対して取り締まりを行う機関です。地方合同庁舎の中に入っていることが多いです。
その他、労働者が就労先の労働基準法違反等について、泣き寝入りをすることなく申告することができる相談窓口機関としての役割も有しています。無料で面談や電話相談のみならず、メール相談も受け付けています。主な相談内容としては、残業手当の未払い、割増賃金請求、不当解雇、労災隠し等の労働関係の法令に違反する行為です。職場内でのイジメやハラスメント、未払い退職金の相談は労働局への相談の方が適しています。
労働基準監督署は、「労基」「労基署」などと呼ばれることもあり、全国でそれぞれ管轄区域の企業の監督等を行なっています。
※厚労省によって労働条件相談ほっとラインというものが運営されており、夜間帯や土日祝日も受け付けている電話番号を用意し、労働者らからの相談を受けやすい仕組み作りがなされています。
(2)労働基準監督署の権限
労働基準監督署は企業・事業者・雇用者を監督し、取り締まる役割を担っていますが、全ての問題を解決することができるわけではありません。
具体的な権限としては
①会社の事業場等に立ち入る(臨検)権限
臨検の中で、帳簿・書類等の提出を求めたり、使用者や労働者に対して尋問を行うことができます。
この立ち入り行為においては、事業主に通知する必要はなく、犯罪捜査が主体ではないことから、警察のような令状も不要とされています。
②強制的な捜査・逮捕・送検を行う権限
法律違反をしていることが判明した場合には、労働基準監督官は司法警察員(特別司法警察職員)として、自ら捜査、逮捕(現行犯逮捕・緊急逮捕・通常逮捕)、逮捕の際の令状によらない差押・捜査・検証および令状による差押・捜査・検証等、送検(検察官に事件を送致すること)をすることができます。
ただし、司法警察員として家宅捜索等を行う場合には、立ち入り検査とは異なり、令状が必要となります。なお、労働基準監督官が司法警察員としての捜査等を行うことができるのは
・労働基準法
・労働安全衛生法
・じん肺法
・家内労働法
・作業環境測定法
・炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法
・最低賃金法
・賃金の支払いの確保等に関する法律
についてのみです。
(3)他の機関との違い
■都道府県労働局
都道府県労働局も労働基準監督署と同じく厚生労働省の出先機関で、その名のとおり各都道府県に設置されており、労働基準監督署の上部組織に位置しています。
労働者への仕事紹介や、労働保険料の徴取、また労働者からの個別の相談も受け付けており、労働紛争・トラブルを解決するための斡旋(あっせん)業務なども行っています。
労働局の斡旋業務とは、労働者と会社が話し合うための手助けをするものなので、会社に対する強制力はなく、労働者と会社との間で合意に至らない場合には、問題解決に至りません。
■労働基準局
労働基準局とは、都道府県労働局のさらに上部組織で、労働基準監督署や都道府県労働局の窓口を指揮監督する機関です。
労働基準法の解釈等について通達を発しているのも労働基準局です。
労働基準監督署と異なり、個別の相談者からの相談にのることはほとんどありません。
労働基準監督署の立ち入り調査の種類
労働基準監督署の権限としてご紹介した立ち入り調査のことを臨検監督といいます。
臨検監督業務の目的は、労働基準法等の関係法令に違反していないかという点を、実際に企業を訪問して、労働環境を調査・確認することにあります。企業は原則としてこの臨検監督を拒否することはできません。
臨検監督には、4つの種類があります。
(1)定期監督
定期監督とは、もっとも代表的な調査方法で、その年度の監督計画に基づいて、労働基準監督署が任意に調査方法を選択し、法令全般を調査するものをいいます。
原則は抜き打ち調査とされていますが、事前に電話か書面で通知があり、日程調整が行われることも多くあります。事前の連絡がある場合には、その段階で「〜の書類を用意しておいてください」とお願いされることもあります。
どの程度の調査が行われるかは、監督官の裁量に委ねられており、定期監督によって法令違反が認められた場合には、是正勧告書が交付されてしまいます。是正勧告については、後述の「労働基準監督署の監督・指導の流れ」のところで詳述します。
(2)災害時監督
災害時監督とは、業務中に一定の規模を超える労働災害が発生した際に原因の究明とともに再発防止を主眼として行われる調査のことを言います。
労働基準監督署は、企業から提出された死傷病報告や労災保険の請求書などから、事故現場のみならず、労働者の人数や労働時間、配置等が適切であったか、あるいは安全管理体制が整っていたかなどを調査します。
企業側は事故報告書の提出を求められるほか、事故の原因となるあらゆる要素について説明が求められますので、対応に不安がある場合には、会社側の代理人として顧問弁護士等に立ち会いを求めることをお勧めいたします。なお、労働基準監督官からは調査後問題があれば、災害再発防止のために是正監督や指導票を渡す等の是正指導が行われます。
災害時監督の結果、違反としてあげられるものは、作業手順等の作業方法に関する違反や、機械そのものの問題や環境管理に関する違反などがあります。
■災害調査
災害時監督と同じく労働災害時に労働基準監督署によって行われるものとして災害調査があります。
これは労働災害によって被災者が死亡した場合や、同時に複数人が被災する重大災害、あるいは被災者が一人でも重篤な傷害をおった場合に実施されるものです。この災害調査の目的は、基本的に災害時監督と同じく労働安全衛生法等の法令違反の有無を調査し、災害発生の原因究明と再発防止にあります。
災害時監督が行われる場合よりも規模の大きな労働災害が発生した際に災害調査が行われるもので、労働基準監督署から連絡が入るとすぐに、労働基準監督官と産業安全専門官、労働衛生専門官等が現場に向かいます。
災害現場の元々の状況、被災状況、災害の発生原因、労働安全衛生法等の法令違反の有無などを中心に捜査をし、その中で法令違反が災害の発生原因となっていることが判明した場合には司法審査に切り替わり、労働基準監督署への出頭を命じられることもあります。
企業としては、重大災害が発生し、死亡、重症者等が発生する場合には、直ちに所轄の労働基準監督署に連絡をしなければなりません。現場に来た労働基準監督官らのよる聞き取りに調査にはしっかりと対応をし、二次災害防止のための指示が出された場合には、可能な限り従う必要があります。
(3)申告監督
申告監督は、労働基準監督署が労働者から直接申告(通報)を受けた際に、その情報の真偽を確かめるために実施される調査のことを言います。
申告を行う労働者とは、在籍中の従業員のみならず、退職者も含まれます。申告者が自らが申告した事実を伝えないでほしいと申し出ている場合には、具体的な氏名は伏せられます。
調査の方法は、申告監督であっても申告者を保護するため、申告者の存在自体を秘して定期監督と称して調査をする方法と、労働者からの申告であることを明示して呼出状によって呼び出す方法の2通りがあります。
申告内容の確認にとどまらず多岐にわたる調査が実施されるので、違反が新たに見つかった場合には、是正勧告が出されます。
申告監督を行うか否か、すなわち申告者の申告内容全てに対し調査を行う必要があるかという点については労働基準監督署の担当官の裁量によります。申告者などの個別の労働者の権利救済は裁判所の役割であって、労働基準監督署はあくまでも治安機関であるためです。とはいえ、実情としては申告された事案の多くは実際に調査の対象とされています。
また、監督官は調査を行った場合には、その調査結果を詳細に申告者に報告する必要がありますので、調査内容等については、通常の定期監督に比べて厳しくなる傾向にあります。
企業としては、申告者を特定することができたとしても、申告したことを理由に不当な解雇や退職勧奨等の不適切な対応をすると労働基準法104条2項違反になり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるとされています。申告者が明らかであり、かつ穏便におさめたい場合には、弁護士を通じて和解交渉等を行うことをお勧めいたします
(4)再監督
定期監督・災害時監督、申告監督のいずれかの調査で違反があった場合には、是正勧告書が交付され、是正勧告書を受領した企業は、その内容にそって違反部分の是正をはかる必要があります。再監督とは、このように是正勧告書に基づいて企業が改善を行ったか否かを確認するための調査をいいます。
もっとも是正勧告書が交付された場合、必ず再監督が行われているのではありません。
・是正報告書書を期限以内に提出していない場合
・提出された是正報告書の実態を確認する必要がある場合
・是正勧告書の交付を行うために労働基準監督署への来所を要請したもののこれに応じない場合
などが再監督の対象となります。
再監督において、再び法令違反が発覚した場合には、検察庁へと送検される可能性があります。労働基準監督署の立ち入り調査で行政指導が行われた場合には、真摯に受け止め、しっかりとその是正に向けた対応をすることが大切です。
労働基準監督署の監督・指導の流れ
1)予告
原則として予告はされず、突然来ることになっています。
サービス残業の実態を調査する等の場合に予告をしてしまうと、ありのままの状態を調査確認することができなくなってしまうためです。
しかし、実態としては、予告して調査に入るケースが少なくありません。その他、出頭要求書というものが企業に届くこともあります。これは労働基準監督官が企業の事業所に出向くのではなく、逆に企業側に帳簿書類等を労働基準監督署まで持参をさせて話を聞く程度で調査を完了させるような場合です。
突然やってくる臨検監督に対して企業は、調査を拒むことはできません。
法的には、監督官の臨検を拒んだり、妨げたり、尋問に答えなかったり、虚偽の陳述をしたり、帳簿書類を提出しない、あるいは虚偽の帳簿書類を提出するというような場合には30万円以下の罰金をに処されることになっています(労働基準法120条)。もちろん担当者や責任者が不在の場合、あるいは急に対応ができない場合などには、丁寧に説明を行い、日程変更を依頼すれば、通常は日程変更に応じてもらうことができます。
2)調査
実際の調査は労働基準監督官が1〜2名で来ます(たいていが2名です)。労働基準監督官は、労働基準法に基づいて自己の身分証明する証票を携帯しなければなりませんので、これを示して身分を明らかにしてから訪問の目的を告げて、企業側の責任者や関係者への面会を求めます。
その後の流れは労働基準監督官の裁量によりますが、一般的には下記のとおり行われます。
ア)事業場の概況、従業員の勤務状況、就労現場の安全衛生管理対策の状況の把握・確認
イ)労働関係帳簿、書類等のチェック
ウ)事業主、労働者からの事情聴取
エ)口頭による改善指導や指示
3)使用停止等命令書、是正勧告書・指導票の交付
労働基準監督署による調査の結果、法令違反や改善点が見つかった場合には、是正勧告や指導を受けることになります。
種類としては以下の3種類が考えられます。
・使用停止等命令書(機器・設備の使用停止等命令書)
緊急に改善をしなければ生命や身体に危険を及ぼすおそれがある物の使用を禁止したり、改善を命じるためのものです。
・是正勧告書
労働基準法等の法令違反を解消し、改善を求めるために交付されます。違反事項・指導内容・是正期限が記載されています。
・指導票
法令違反等はないが、そのままにしておくことが望ましくない状況に対して改善を求めるために交付されます。
是正勧告書や指導票は調査の当日に交付されることもありますが、たいていは後日、日時を指定して、労働基準監督署に出頭し交付をうけることになります。これらの交付を受ける際には、事業主や責任者が出頭し、受領日・受領者職・受領者氏名などを署名し、捺印をして受領を完了させます。
この受領に応じない場合には、再監督の対象になることがあります。
4) 会社から是正報告書の提出
是正勧告や指導票を交付されたら、改善期限までの間に違反内容を改善して、是正報告書(改善報告書)を提出します。是正報告書について書式に決まりはありませんが、違反内容・是正内容・是正完了日等を記載して、会社名・住所・代表者名を記入して押印をして提出をします。
是正勧告に従わなかったり、あるいは報告書を提出しなかった場合には、検挙や強制調査等の司法処分が実施される可能性があります。
5) 再監督(是正報告を受けてもなお監督が必要な場合)
上記のとおり、是正報告後一定の事由に該当する場合には再監督の対象となります。
一般的に調査で必要となる書類
調査内容によっても異なりますが、一般的に労働基準監督署の立ち入り調査で必要となる書類は以下のものです。
- 会社組織図
- 労働者名簿
- 就業規則
- 雇用契約書(労働条件通知書)
- 賃金台帳(賃金明細書)
- タイムカード(出勤簿)
- 時間外・休日労働に関する協定届
- 変形労働時間制など、当該企業で必要となる労使協定
- 健康診断個人票
- 変形労働時間のシフト票
- 有給休暇の取得状況の管理簿(有給休暇届)
- 総括安全衛生管理者の選任状況のわかる資料
- 安全委員会・衛生委員会の設置・運営状況のわかる資料
- 産業医の選任状況のわかる資料
違反例
■就業規則に関する違反
従業員が10名以上所属する事務所では就業規則を作成し、労働基準監督署に提出する必要があります。
違反項目としてよくあげられるのが、
・必要記載項目に漏れがある
・従業員への周知がなされていない
・労働者代表の意見を聞いていない
・就業規則の変更について届出をしていない
などです。
■労働時間に関する違反
労働基準法では、原則として1日8時間週40時間以上の労働は認められおらず、36協定を労使間で結んでいても年間720時間以内、6か月間の平均残業時間80時間以内等の上限は設けられています。
これらが守られていない場合にや法令違反として是正勧告の対象となります。
また、いわゆるサービス残業についても未払い残業代の問題として、是正勧告の対象となります。
■年次有給休暇に関する違反
労働基準法においては、入社後6か月が経過し、全体の8割以上の出勤をした労働者に対しては有給休暇を与えなければならないと規定されています。
それに対し、
・そもそも有給休暇を与えていない
・有給休暇自体は与えているが労働基準法が認める日数通りには付与していない
・パートアルバイト、派遣社員に対する有給休暇は与えていない
というケースで是正勧告の対象となっているものがよくあります。
たとえパート・アルバイト、派遣社員に対する有給休暇が必要なものであることを知らなかったという過失による場合であっても是正勧告の対象であることに代わりはありません。注意をしましょう。
労働基準監督署の是正勧告への対応
労働基準監督署による臨検の結果出される是正勧告はあくまでも行政指導であって法的な強制力はありません。したがって、是正勧告に従わなくても逮捕されることはありません。
しかし、労働基準監督署が行う是正勧告は労働基準法等の法令違反に対して出されるものなので、その是正に応じないということは法律違反の状態を放置していることを意味します。その結果として、経営者が逮捕に至るというケースもあります。
是正勧告に従わないために逮捕されるというわけではありませんが、是正勧告がなされていり法律違反の状態に対して逮捕等の処分が下される可能性があるということです。
例えば、最低賃金を下回る賃金であった場合や、就業規則の必要記載項目もれ等を放置している状態が継続していることは非常に危険といえます。
まとめ
労働基準監督署の調査は突然行われることが多く、容易に拒否をすることができるものではありません。安易な拒否によって「ブラック企業」の烙印を押され、企業のイメージ低下につながってしまうことがあります。
日頃から労働基準監督署が入らないよう、しっかりと社内の環境や体制を整えて置くことも大切ですが、仮に臨検が入ったとしても、誠実に対応をしていけば、問題はありません。
仮に後ろめたいことがあったとしても、虚偽報告をして乗り切ることができるものなどありません。必ず発覚してしまいますし、発覚したあとでは取り返しのつかない大ごとになります。ご不安な場合には弁護士に相談しつつ、しっかりと対応をしていきましょう。
ご不明な点やご不安な場合には、弁護士法人えそらにお問い合わせください。