1 内部通報制度(公益通報制度)とは?
内部通報制度(公益通報制度)とは、企業の不祥事を早期発見、早期対応をすることを目的として、企業自ら不正報告の窓口を設置し、不正報告に対して適切な対応を取るための仕組みをいいます。内部通報制度は企業のクライシスマネジメントの一環ともいえますが、ひいては社会全体でコンプライアンスを高めていく施策でもあります。
内部通報制度(公益通報制度)は、不正リスクに対する企業の自浄作用を高めるものであり、公益に資するものである一方、そのような制度を設けて適切に運用していくこと自体や、その運用により不正に対して適切な対応をしていくことは企業の対外的信用を高めます。さらに、企業が一部の従業員や役員の不正のために大きな損害を被ることを防ぐ効果も期待できます。
内部通報制度(公益通報制度)を維持する上で最も重要なことは、通報者の保護(労働者保護)です。その仕組み上、通報者の多くは企業内部の従業員等となります。そのため、通報者としては、通報行為により企業から不利益を受けるかもしれないと思えば、通常すべき事象や不正を行なっている行為者を見つけても通報行為に至らないということが容易に想定されるためです。
そこで、2006年4月には「公益通報者保護法」が施行され、内部通報者を保護する方針が明らかにされました。また、2020年6月には同法の改正法(保護対象の範囲を役員や退職者まで拡大する等の法改正)が成立しており2年以内に施行されることになっています。
また、2020年6月にはハラスメント防止法(ハラスメント規制法)の施行によりハラスメント相談窓口の設置等が義務付けられ、2020年6月に成立した改正公益通報者保護法では内部通報窓口の設置・導入が義務付けられています。
2 内部通報制度(公益通報制度)の体制整備義務
公益通報自体は、文部科学省や総務省などの各種行政機関に対しても行うことができますが、2022年6月までに施行される改正公益通報者保護法では、第11条で事業者の取るべき措置として、次のことを規定しています。つまり、事業者自ら公益通報窓口を設置すべき義務があるということです。
① 公益通報を受け、通報対象事実の調査をし、是正に必要な措置をとる業務(公益通報対応業務)に従事する者(公益通報対応業務従事者)を定めること(11条1項)
② 公益通報者の保護を図り、公益通報に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を取ること
※ ただし、従業員数(常時使用する労働者の数)が300名以下の企業については、努力義務。
これらの義務を事業者が適切に行うよう、内閣総理大臣が必要があると認める場合には、報告を求めたり、助言したり、指導又は勧告等の行政指導をすることができるとされています(公益通報者保護法15条)。また、その勧告に従わない事業者を公表することができるとされています(同法16条)。
事業者が、同法15条に基づく報告をしない又は虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料に処せられます(同法22条)。
3 公益通報対応義務従事者
事業者は、公益通報を受けて対応する従業員(公益通報対応業務従事者)を定めなければならないとされています(公益通報者保護法11条1項)。公益通報対応業務従事者については、違反すると30万円以下の罰金という刑事罰の制裁のある守秘義務が課せられています(同法21条、12条)。
この公益通報対応業務従事者は、1名の担当者である必要はなく、むしろ部署やチーム体制、あるいは一定の役職等の特定の属性で担当者を指定する方が実際の運用はしやすいでしょう。公益通報対応業務従事者に対して、自らが守秘義務を負った責務を負っていることについてしっかりと認識してもらう必要があります。そのためには、対象者に対して、公益通報制度(内部通報制度)の趣旨や、公益通報対応業務従事者の責任と守秘義務を通知するだけでなく、継続的に研修等を行っていくべきです。公益通報対応業務従事者と個別の機密保持契約も結んでおくべきでしょう。
また、当然のことですが、従業員一般に対しても、誰が、又はどの部署やチームあるいは役職者が、公益通報対応業務従事者であるかを通知することはもちろん、同様に公益通報制度の趣旨を継続的に研修する等していき、従業員が不正行為の通報を躊躇しない環境を作り上げていくが望ましいといえます。
弁護士法人えそらでは、公益通報対応業務従事者向けの研修、一般従業員向けの研修についてそれぞれ対応しております。ご希望の場合にはお気軽にお問い合わせください。
4 企業が取るべき具体的な体制整備
改正公益通報者保護法の求める体制整備について、具体的には、消費者庁が示す指針及び指針の解説及びガイドラインが参考になります。とはいえ、2021年9月現在、指針の解説はまだ公表されておらず、秋頃に公表されるとアナウンスされています。また、指針に対するパブリックコメントに寄せられた意見についての消費者庁の考えを公表した「パブリックコメント手続において寄せられた意見等に対する回答」も参考になります。
指針の解説が出された後に、詳しい解説を行いたいと思いますが、大枠としては、①内部通報制度の構築、②内部通報規程を上記指針に対応した形で構築、③その内部通報規程に基づいた運用がなされていること、④定期的な見直しと研修、周知等による実効性確保と運用の評価・点検を行うことが重要です。
最も重要であるのは、通報者が通報しても解雇や減給その他の不利益措置を受けないという安心感を持ち内部通報制度を利用できるようにすることです。正社員だけでなく非正規社員や派遣労働者を含めて、内部通報制度の周知や教育を行なっていく必要があります。
5 ハラスメント規制法の通報窓口設置義務との関係
公益通報者保護法の改正に先んじて、ハラスメント規制法(労働施策総合推進法、女性活躍推進法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、労働者派遣法等の改正)において、事業者に一定のハラスメント事案への対策が義務付けられました。この対策の最も基本となるものは相談窓口の設置です。
この相談窓口について、内部通報制度の窓口と一体として対応することも可能です。相談者や通報者にとっては、一体となっている方がむしろ分かりやすいともいえます。
6 社内窓口か社外窓口か
通報窓口(窓口担当者)について、社内窓口の担当者のみ決めれば良いのか、それとも社外窓口として外部事業者に委託すれば良いのかという質問を受けることがあります。
これについては、それぞれ長所短所ありますが、やはり一番おすすめなのは、社内通報窓口と社外通報窓口もいずれも設置することです。実際、平成28年度の消費者庁の調査(平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書)によると、社内窓口と社外窓口を併用する会社が59.9%となっています。今後は、併用する企業が更に増加するものと思われます。
併用をお勧めするのは、単純に従業員の通報先として選択肢が複数あった方が良いということもありますが、それだけではなく、社内窓口のみの設置や社外窓口のみの設置では避けられないデメリットがあるためです。
(1)社内通報窓口の受付しかない場合の問題点
通報窓口が社内窓口しかない場合、①独立性の問題、②通報後の検討、調査の問題、③情報の秘密保持の問題があります。
社内通報窓口の利用者からすると、社内窓口に会社経営者や経営陣の支配力が及んでいるのではないかと疑念を持ちやすいですし、特に経営者や経営陣、あるいは上司の不正については通報を躊躇してしまう可能性があります。
また、法令違反等の不正を知った通報者がそもそも会社全体に対して不信感を抱いてしまった場合、社内通報窓口に通報しても適切な検討や調査がされないのではないかと考えることもあり得ます。通報事実についての調査の必要性や調査方法の選択については、専門的なノウハウが必要になります。他方で、公益通報対応業務従事者である社員は、受付業務や調査業務などの公益通報対応業務の他にも仕事を抱えながら選任されているケースがほとんですし、実際の調査事例の集積にも時間がかかることから、調査についてのノウハウ獲得は容易ではありません。
さらに、社内通報窓口のみの場合、通報があった際に、通報者や被害者等の関係者の秘密を守るための措置が十分に果たせるのかという単純な疑念も生じやすいと言えます。
このような社内通報窓口への通報を当該労働者が躊躇した結果、重大な不祥事や違法行為、コンプライアンス違反について発覚が遅れたり、社内通報されないままに外部の行政機関やマスコミ等の組織に直接通報されてしまうリスクがあります。
(2)社外窓口の受付しかない場合の問題点
法令違反行為等の通報の受付窓口を社内にのみ設置しておくことの上記のような問題点は、匿名性を確保しやすい社外通報窓口を設置する場合にはかなり緩和されます。しかし、通報者としては、その通報内容によっては内部事情をある程度知っている人でないと説明が難しいと感じてしまう場合もあります。社外通報窓口のみの設置では、そのような場合に通報者が通報を躊躇してしまうリスクがあります。
また、社外通報窓口の受付のみでは、通報後の対応も課題が残ります。通報窓口に通報があった場合には、会社に対してその通報内容の調査等を求めなければならないため、いずれにしても通報に対応する体制自体は会社側で用意しておき、社内の調査担当者・調査業務従事者と社外窓口の機関(弁護士法人や法律事務所等)と情報共有を行い連携する必要があります。そうであれば、いずれにしても通報への対応については社内運用をしっかりと定めておく必要があるわけですから、社内にも通報窓口を設定しておき、通報者の判断で社内窓口と社外窓口のいずれにも通報できようにしておくことが望ましいといえます。
7 通報窓口を弁護士法人(法律事務所)に外部委託するメリット
通報窓口を外部に委託する際に、まず候補に上がるのが弁護士法人や法律事務所、あるいは個人の弁護士などです。実際、平成28年の消費者庁の調査報告書でも、実に70%以上の企業が弁護士に依頼しているとされました。
公益通報窓口の外部委託先としては、公益通報制度に通じていることはもちろん、公益通報者の秘密保護や通報された事象のリスクレベル、調査の方法等について専門的な知識を有している機関が理想です。そうなると、やはり専門家である弁護士への依頼が多くなるのは当然のことともいえます。また、通報を契機として不正等を行なっていると思われる当該行為者への聞き取り等を行う場合も、出来る限り通報をきっかけとするものであることを知られないようにする等の工夫や、匿名通報にどのように対応するかについての運用を定めていくこと等も必要な措置となりますので、どのように聞き取り等を行なっていくかについても専門家である弁護士に相談しながら進められるのは大きなメリットといえます。
ただし、注意しておかなければならないのは、弁護士に依頼する場合であっても、顧問弁護士に依頼することについては慎重であるべきという点です。この点については次の項で解説します。
8 社外通報窓口を顧問弁護士に依頼すべきでない理由
顧問弁護士というのは基本的には企業の経営陣をサポートして企業経営のリーガルリスクや紛争に対応することを職責としているのが通常です。そうなると、経営陣が関与した不正について、いわば利益相反のような立場におかれることとなり、適切な対応ができない可能性があります。また、残業代未払いやパワーハラスメント、セクシャルハラスメント等のその他のハラスメントに関する通報についても、そのような不祥事が行われている会社の経営陣と近しい顧問弁護士にとっては利益相反に近い構図となってしまい、どうしても調査等の対応の公正さに疑念が生じてしまいます。
このような状況では、例え外部通報窓口であるといっても、通報者としては適切な対応を期待できないと感じて通報を躊躇してしまう可能性があります。
そのため、平成28年に消費者庁が公表した民間事業者向けガイドライ(公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン)でも、「中立生・公正性に疑義が生じるおそれ又は利益相反が生じるおそれがある法律事務所や民間の専門機関等の起用は避けることが必要である」とされています。
顧問弁護士の場合、まさに「中立生・公正性に疑義が生じるおそれ又は利益相反が生じるおそれがある」わけですから、公益通報の外部窓口を顧問弁護に依頼することはやはり不適切といわざるを得ないでしょう。
弁護士法人えそらでも、顧問契約と公益通報外部委託サービス契約は完全に分離し、顧問先企業からの外部窓口の委託はお断りしています。
なお、公益通報制度の通報窓口及びハラスメント規制法のハラスメント相談窓口の窓口を一本化して、弁護士法人や法律事務所等に外部委託するという制度設計も可能です。弁護士法人えそらでは、公益通報制度の通報窓口及びハラスメント規制法の相談窓口を一本化して委託を受けることにも対応していますので、ご希望の方はお気軽にお問い合わせ下さい。