労働問題

従業員が休業する際、休業補償はどこまで行わなければならないのか、労災保険との関係は?弁護士が徹底解説

従業員が、業務上の怪我や病気(業務災害または通勤災害などの労働災害)で療養のために勤務することができず、会社から給料(賃金)が受けられない場合、その休業が4日以上に及ぶときには、4日目以降について休業(補償)給付の支給を受けることができます。
この労災保険法に基づく休業補償給付は給与の6割相当額を基準に支給されるのですが、通常の給与に足りない部分について会社が支払う必要はあるのでしょうか。会社はどのくらいの期間、どのくらいの金額を従業員に支払わなければならないのか、休業中の従業員に対する会社の対応(金銭の負担等)について解説します。人事・総務業務にかかせない内容となっていますので、人事部・総務部必見です。

労災保険とは

労災保険のしくみは、事業主が労災保険に加入することにより保険関係が生じます。保険加入者(事業主)は保険者(政府)に保険料を納付する義務を負い、 被保険者(労働者)は保険事故(業務災害・通勤災害)が生じた場合、保険者 対し保険給付を請求する権利をもちます。 
この保険関係は、「事業」を単位として成立します。事業とは、工場・事務所・商店 などそれぞれ個々の経営体をいいます。つまり、一つの企業でも本社、支店、工場等に分かれていればそれぞれが事業として扱われ、おのおの保険関係が成立することになります。
なお労働保険とは、労働者災害補償保険(一般的に「労災保険」といいます。)と雇用保険とを総称した言葉です。事業主は従業員を1人でも雇用した場合、これらに加入する義務があります。

休業補償給付とは

休業補償給付とは

「休業補償給付」とは従業員が、業務上の怪我や病気(業務災害)で療養のために労働することができず、会社から給料(賃金)が受けられない場合、その休業が4日以上に及ぶときに、4日目以降について労災保険から支給されるものです。
また、通勤中のけが等で仕事を休む場合に4日目以降に給付されるものは、「休業給付」といいます。

支給要件

1)療養していること
2)労働することができないこと
3)賃金の支払いがないこと
この要件を満たした際に、労災保険の支給対象となります。

支給額

休業(補償)給付   (給付基礎日額×0.6)×休業日数
休業特別支給金      (給付基礎日額×0.2)×休業日数
この2種類が支給されるので、給付基礎日額の80%が支払われることになります。

※給付基礎日額・計算方法
給付基礎日額とは、原則として労働基準法の平均賃金に相当する額のことを言います。
平均賃金とは、事故発生の直前3ヶ月にその労働者本人に対して支払われた賃金総額(通勤手当、皆勤手当、時間外手当など諸手当を含み税金や社会保険料などの控除をする前の 賃金の総額)を、その期間の暦日数(労働日数ではなくあくまでも暦日数です)で割った結果計算される1日あたりの賃金額のことを言います。
賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日から遡って3か月となります。賃金締切日に算定すべき事由が発生した(休業させた)場合は、その前の締切日から3か月遡ります。

例えば、給料が月20万円の賃金を受けている人が9月に事故にあった場合
20万円×3ヶ月÷92日  (6月:30日 7月:31日 8月31日)
≒6521.73…  
6522円←これが給付基礎日額になります(1円未満の歯数切り上げ)。
これに基づいて4日目以降の労災から支給される1日あたりの休業(補償)給付を計算すると
休業(補償)給付  6522円×0.6≒3913.2 3913円(1円未満の歯数切り捨て)
休業特別支給金   6522円×0.2≒1304.4 1304円(1円未満の歯数切り捨て)
3913円+1304円=5217円となります。

休業手当との違い

似たような制度に休業手当がありますが、これは雇用主である企業の責任で従業員を休ませた場合に、その従業員に対して支給する手当です。
たとえば、経営不振による休業、資材不足による休業などです。
同じように従業員が働くことができない場合の補償ですが、働くことができなくなった原因が異なります。

休業補償給付における会社の負担金額

原則は会社が休業補償給付を行うこと

上記のとおり労災保険の支払いは6割+2割であり、給与全額の補償ではありません。
また、実際労災保険が支払われるようになるのは休業4日目以降であり、最初の3日間は休業補償給付の対象ではありません。
それでは、この場合、会社としては、全て労災保険に任せて、特に金銭を支払う必要がないのでしょうか
多くの労災の場面では

  • 休業開始からの3日間は、給与全額を会社が負担する
  • 4日目以降は給与のうち4割分を会社が負担する

という対応が望ましいとされています。

法的な根拠としては民法536条2項です。
会社の落ち度によって業務災害が起こってしまった場合には、この条文を根拠として、会社に支払い義務が生じることになります。

民法536条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

この条文によって会社には給与全額を支払う義務がありますが、従業員は4日目以降は労災保険から休業補償給付を受領することが通常です。
そのため、会社としては3日目までは全額、4日目以降は、給与から6割の休業補償給付を控除した、残4割を補填してあげることが適切です。
なお特別支給金については、給与としてというよりは、社会復帰促進としての支給なので、給与から控除されることはありません。つまり、従業員が特別支給金を受領しているからといって、会社の負担部分が2割になることはありません。

従業員に過失がある事故の場合

従業員に過失がある労災事故の場合でも、それを理由に減額することは賃金全額支払の原則から認められていません(大阪高判H24.12.13)。
また、最初の3日間について従業員から有給休暇の申請があった場合には、給料払いとなり、所得税の面で社員が損をすることになります。
会社の責任で起こした業務起因性の事故で従業員の生活に不安を与えるようなことは絶対にやめましょう。その従業員からだけではなく、そのご家族からの信頼を失うことになります。できるだけ誠意のある対応を心がけることが大切です。

労災支給分を控除することができない場合

このように従業員が業務中に事故にあってしまい、休業を余儀なくされた場合には、労災給付から支給される6割部分に付加する形で、会社が4割を負担する必要があります。
しかし、ある一定の条件を満たすことになった場合には、会社が10割を負担しなければならないことがあります。
東京高裁H23.2.23判決では、うつ病となり休職していた従業員を会社が休職期間満了を理由に解雇したところ、うつ病は業務起因性があるためうつ病による休職を理由とした解雇は無効であると判断され、その間の賃金相当額の支払いが命じられました。この件では、当初労災申請をしておらず、うつ病となった従業員が解雇を争って会社を訴えたのち、労災申請をして休業補償給付金を受領しました。その後、裁判の中で、会社に賃金の支払いが命じられたため、休業補償給付の「賃金の支払いがない」という要件を満たさないことになるので、会社が10割支払ったのち、従業員は休業補償給付を返還することになったという事案です。結果として、会社は10割を負担する義務を負うことになりました。
通常は、会社に対する賃金請求よりも労災申請を先に行うことが多いので、そう多く直面する場面ではありませんが、このような場合もあることは覚えておいてください。

会社の負担がない場合

原則として従業員が業務中に事故を起こしてしまった場合、会社が給与全額の支払い義務を負わなければなりません。
しかし
・労災が従業員の過失によるもので、会社に一切責任がない場合
・就業規則等で民法536条2項の適用がないことを定めている場合
には、会社が負担を負うことはありません。
この場合、従業員は労災保険からの6割+2割を受け取るのみとなります。
もっとも、この場合であっても、会社は休業開始から最初の3日間は給与の6割相当額を負担する義務を負う必要があります(最高裁H20.1.24)。

休業給付についての会社の負担義務

業務起因性の事故に対して支払われる休業補償給付とは異なり通勤災害の場合に労災保険から支払われるものは「休業給付」といいいます。
これは休業補償給付と同じく給与の6割相当額の支給がなされます。
この通勤災害の場合の休業給付については会社が負担する義務はありません

休業補償はいつまで支払う必要があるのか

通常は

  • 仕事復帰ができる日
  • 退職する日

のどちらか早い方までです。
本人の病状が非常に重篤な場合、療養から1年6ヶ月を経過すると休業補償給付金は傷病補償年金に切り替わります。そして療養開始から3年以上が経過してもなお傷病補償年金を受け取っており、仕事をすることができない状況が続いている場合には、会社はその従業員を解雇することができます。この場合には解雇する日まで会社は4割分を負担する必要があります。
ごくまれに、治療は終了しており、仕事に復帰することができる状態なのにもかかわらず、仕事に復帰せずに労災保険と会社から支給を受け続けようとする従業員がいます。そのような場合には、労災保険側が休業補償給付の支払いを打ち切るので、会社もそのタイミングに合わせて支払いを中止するという判断をすることが適切といえます。

会社の休業補償の支払い方

労災保険の休業補償給付を受け取るために、従業員は申請を行い、審査を経る必要があります。そのため、申請をしてから1ヶ月以上の月日を経て支給が始まることになります。
重篤な症状の場合、受傷から申請までにもお時間がかかることがあるので、実際は受傷から支給を受領するまでの間は相当なお時間がかかることも稀ではありません。
そうした場合に会社が社員に対して休業補償給付金相当額を立て替えて支払い、後日労災保険から支払われる休業補償給付を会社が受領するという制度が用意されており、これを受任者払い制度といいます。

受任者払い制度をとる場合には、一般的に
受任者払依頼者(受任者払いに関する届出書)
  →会社が労災保険に休業補償給付金を会社の口座に振り込むよう依頼するもの
被災労働者からの委任状
  →従業員が会社から立て替え払いを受けている旨を記載するもの
という資料を労働基準監督署に提出します。
都道府県ごとに書式が異なるので、提出前には必ず確認しましょう。

ただし、この制度を使用し、後日労災認定が降りなかった場合には、従業員は会社に対し、立て替え払いを受けた金銭を返還しなければなりません。この時にトラブルが発生する可能性があるので、会社としては受任者払い制度を利用するか否かは慎重に判断しましょう

会社負担部分の源泉徴収

会社が支給する4割相当額部分は給与と同じように所得税が課税され、源泉徴収が必要になります。
忘れないように手続きをしましょう。

新型コロナウイルス感染症にともなう休業に対する措置

コロナ禍において新型コロナウイルス感染症にともなう休業は、休業補償の対象の場合、休業手当の対象の場合、いずれにも該当しない場合とがあります。

社内で新型コロナウイルス感染症のクラスターが起こってしまった場合

業務が原因となって新型コロナウイルス感染症にかかってしまった従業員については労災認定がなされ、その休業については、休業補償の対象となります。

労働者が新型コロナウイルス感染症に感染した場合

会社としては、社内での感染拡大防止のため、感染した労働者を休ませる必要があります。この場合には、企業の責任で従業員を休ませた場合には該当しないので、休業手当を支払う必要はなく、労働者は健康保険の傷病手当金の支給を受けることができる可能性があります。

労働者が新型コロナウイルス感染症の疑いがある場合

就業規則や雇用契約・労働契約などにおいて使用者が労働者に対して自宅待機命令を下す事ができるという根拠がある場合には、職場の感染拡大防止のために自宅待機を命じることは有用な判断といえます。しかし、その場合には企業の責任で従業員を休ませた場合に該当するので、当該労働者に休業手当を支払う必要があるでしょう。

新型コロナウイルス感染症の疑いがあるとして社員が自主的に休んでいる場合

就業規則や雇用契約などにおいて定めがない場合には、原則として休業手当の支払いは不要となります。もっとも、会社側としても有給休暇の取得を促したりするなどの配慮は忘れないようにしましょう。

緊急事態宣言が出ているために社員を休業させる場合

休業手当の支払い義務がなくなるような(企業の責任で従業員を休ませた場合ではなくなるような)場合とは、①休業の原因が事業の外部により発生した事故であって、かつ②事業主が通常の経営者として最大の注意をしてもなお避けることができない事故であるといえる場合です。
したがって、緊急事態宣言が出ているからといって、②を尽くしていない限りは、会社の責任で従業員を休ませていることにかわりないので、休業手当の支払い義務は免れません。

新型コロナウイルス感染症と雇用調整助成金

雇用調整助成金とは、本来、景気変動等の影響から授業活動の縮小を余儀なくされた事業主が労働者の雇用維持を目的として、計画的に行う休業・出向等に支払う休業手当や賃金の一部を補助する制度です。
その制度が、今回新型コロナ特例措置・支援策として新型コロナウイルス感染症の影響により、事業活動の縮小を余儀なくされた場合にも一定の要件を満たせば適用されることになります。

具体的な要件
事業主自体が
① 雇用保険適用事業主であること。
② 「受給に必要な書類」について整備し、受給のための手続に当たって労働局等に提出するとともに、保管して労働局等から提出を求められた場合にそれに応じて速やかに提出すること。
③ 労働局等の実地調査を受け入れること
という要件を満たしているうえで

1)新型コロナウイルス感染症の影響で経営環境が悪化し、事業活動が縮小している
2)売上高または生産量などの事業活動を示す指標の最近1ヶ月間の値間が前年同月比5%以上減少している
3)本助成金は、雇用調整(休業)の実施について労使間で事前に協定し、その決定に沿って雇用調整を実施すること
※労使間の協定とは、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合には、その労働組合、ない場合には、労働者の過半数を代表する者との間で書面により行う必要があります。
以上の3つを満たし、
下記不支給の要件に該当しないことです。

① 平成31年3月31日以前に申請した雇用関係助成金について不正受給による不支給決定又は支給決定の取り消しを受けたことがあり、当該不支給決定日又は支給決定取消日から3年を経過していない。
② 平成31年4月1日以降に申請した雇用関係助成金について不正受給による不支給決定又は支給決定の取り消しを受けたことがあり、当該不支給決定日又は支給決定取消日から5年を経過していない。
③ 平成31年4月1日以降に申請した雇用関係助成金について不正受給に関与した役員等がいる。
④ 支給申請日の属する年度の前年度より前のいずれかの保険年度における労働保険料の滞納がある。
⑤ 支給申請日の前日から起算して過去1年において、労働関係法令違反により送検処分を受けている。
⑥ 暴力団又は暴力団員又はその関係者である。
⑦ 事業主等又は事業主等の役員等が、破壊活動防止法第4条に規定する暴力主義的破壊活動を行った又は行う恐れがある団体等に属している。
⑧ 倒産している。
⑨ 雇用関係助成金について不正受給を理由に支給決定を取り消された場合、労働局が事業主名等を公表することに承諾していない。

新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金

雇用調整助成金は、国が事業主に支給するものですが、事業者側が休業手当の支払いが困難な場合、労働者側が直接申請できて国が支給する休業支援制度が新型コロナウィルス感染症対応休業支援金・給付金です。従業員が申請するに際しては休業の事実等を勤務先が証明する必要があるので、従業員から書類の作成を依頼された際は、それに対応するようにしましょう。厚生労働省のHPに詳しい案内がでていますので、対象者になるうるか申請方法等についてしっかり確認をしましょう。

休暇取得支援助成金

その他、
新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置として、医師又は助産師の指導により、休業が必要とされた妊娠中の女性労働者が取得できる有給の休暇制度(年次有給休暇を除き、年次有給休暇の賃金相当額の6割以上が支払われるものに限る)を整備すること
・有給休暇制度の内容を新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置の内容とあわせて労働者に周知すること
令和2年5月7日から令和4年1月31日までの間に、当該休暇を合計して20日以上労働者に取得させること
を満たすと休暇取得支援のための助成金の対象になったりもします。非正規雇用労働者も対象となります。

さいごに

従業員が業務中に事故を起こしてしまった際に発生する労災の休業補償給付と会社の給与支払い義務についてお話いたしました。
事故を起こしてしまったときの対応こそが、今後の従業員の信頼関係にも繋がります。こうした労務環境等を整え、有事の際に誠意をもった対応を行い、トラブルにならないように注意をはらいましょう。
ご不安な場合には、顧問弁護士に相談する等して適切な対応を心がけましょう。

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