労働問題

始末書の求め方、提出を拒む社員への対応等を弁護士が解説

令和に入り働き方改革もすすみ、働き方の多様性がすすむ一方で、会社の経営をしていくに当たっての秩序やルール維持は、いっそう必要性を増していくことになりそうです。そしてその秩序・ルール維持の一つとして、始末書が挙げられます。
今回は、どのような場合に始末書を求めて良いのか、この始末書の内容で良しとしていいのか、あるいはそもそもを書いてこない社員がいる場合にはどのように対処すればいいのか、そうした始末書をめぐる問題とその対策や注意点について解説をしていきます。

始末書とは

始末書

始末書とは、従業員(労働者)が就業規則等に違反したり問題行為をしてしまった際に、会社が提出を求めるもので、従業員に問題行為を謝罪させ、同じ事を繰り返し行わないように誓約させるための文書です。取引先とトラブルを起こしてしまったり、商品を壊してしまった、あるいは仕事中に不注意な運転をしてしまい交通事故を起こしてしまった等の場合に事が一段落したタイミングでその従業員に対して提出を求めることが多いでしょう。

<記載内容・項目・目次>
フォーマットや構成は自由ですが、一般的な記載内容は下記のとおりです。
・問題行為が起きた原因
・問題行為が起きた経緯
・問題行為を起こした理由や動機
・問題行為を起こしたことに対する反省・謝罪の意思
・再発防止のために考えていること

顛末書との違い

始末書と似ている書面として顛末書(てんまつしょ)という文書があります。
これはいわゆる報告書なので、謝罪や誓約の意味はなく仕事上のミスや不始末、不祥事等が発生した際に、何が起きたのかという経緯等を報告するためのものです。
そのため、問題を起こした本人が書くというよりは、その経緯を知る客観的な視点を持つ立場の人が書くことが最適であるとされています。

反省文との違い

反省文は自分の行動を省みて改善を図るための個人的な文書です。したがって、会社において提出する場合も始末書のように会社に提出する必要があるものではなく、自己を管理監督する直属の上司や責任者に反省の意を示すために提出するということがほとんどです。その場合は、会社ではなく営業部なら営業部内、総務部なら総務部内で完結します。反省文も表現方法等に制限はなく、自由に記載することができる文書です。

どのような場面で始末書を書かせることができるのかべきか

企業が従業員に対して始末書を求めるのは「けん責処分」の場合です。

けん責

会社が問題行動を起こした従業員に対して行う処分を「懲戒処分」と言います。
そしてその懲戒処分の種類は、会社によって異なりますが、一般的には軽い順
戒告けん責減給出勤停止降格諭旨解雇懲戒解雇
です。
そのうちの「けん責」処分は、規則に反した従業員や信用を損なう行為を行なった従業員に対して、始末書の提出を求めて戒める処分のことを言います。この場合の従業員の行動は勤務時間外のものも対象になり得ます。
それに対して、戒告処分は、将来を戒める処分であって、始末書の提出を求めることはありません。
なお、これらの用語は法律用語ではないので、会社によっては異なる使い方をしている場合もあります。たとえば、就業規則等に定められている懲戒処分の規定の中に「戒告」と称して始末書の提出を求める場合もあり、その場合には別途けん責が定められていないことが多いと思われます。
これら懲戒処分については、法的に当然会社に認められた権利ではなく、就業規則に定めておくことで初めて可能になる制裁です。したがって、就業規則に定めなく、始末書を求めることはできないので注意しましょう。

二重処分の禁止(一事不再理)

けん責以外の場面でも始末書の提出を求めることは可能です。しかし、問題行動1回につき懲罰は1回です(二重処分の禁止)。
したがって、始末書の提出とともに減給処分を組み合わせるなどをすることはできません。

始末書のチェックポイント

事実経過

会社側が従業員に対して、始末書を作成してもらう際には
いつ、どこで、誰が、何をしたのか
という事実経過を書いてもらうことが大切です。
確かに始末書には、従業員に問題行為を謝罪させ、同じ事を繰り返し行わないように誓約させるという目的もありますが、「このたびの一件の責任は全て私にあります。私自身、深く反省しております。まことに申し訳ございません。」ということだけが書かれた始末書では、何が起きたのか、どうして責任が全て当該従業員にあるのかが全くわかりません。例えば売買契約等でご発注をしてしまった、あるいはエンジニアの仕事で誤ったプログラムコードを納品してしまったという場合、いつ間違えたのか、どのように間違えたか、なぜその間違いが起こったのか等について詳細に分析させるることが大切です。
上記のとおり始末書の提出が基本的には懲戒処分のうちの1つであるけん責処分の一環である以上、後日従業員から不当な処分だと争われる可能性もあります。そういった場合に備えて、従業員が何に対して謝罪をしているのか、何に対して誓約をしているのか、をはっきりさせておく必要があります。

従業員が言い分を書いてきた場合

また、従業員がいつ、どこで、誰が、何をしたのかという事実経過のみならず、自分自身の言い分・言い訳を記載して提出してくることがあります。
そうした際に会社側としては、つき返して修正および再提出を求めることは可能です。しかし、こうした始末書の存在は、会社が従業員に対し弁明の機会を与えた証拠とも言えます。言い分を記載してくる従業員はけん責処分に納得していない可能性が高いので、後日不当な処分であったと争ってくることも考えられるので、安易に突き返すことは得策とはいえないこともあります。仮に再度提出を求める場合でもコピーをとっておいて、言い分の聴取として保管しておくことを伝えたうえで、始末書として再提出を求めるなどの対応がお勧めです。

始末書の提出を拒否された場合

従業員に始末書の提出を求めたにもかかわらず、その提出を拒否された場合についてはどのように対応するべきでしょうか。
けん責処分の一環として始末書の提出を求めている以上、従業員に拒否をされても提出命令を行なってもいいのでしょうか

なぜ提出を拒否しているのか

従業員が始末書の提出を拒否している場合はたいてい
けん責処分の対象である問題行為とされている行為が事実とは異なる
けん責処分は重すぎると感じている
転職活動の際に影響するのではないかと考えている
などです。
始末書の提出が賞罰の「」には該当するので将来転職活動をする際に悪影響があると考える方も少なく内容です。しかし、実際のところ「罰」は刑事罰等が該当するのであって、始末書が「罰」に該当することはありません。このような思い違いも少なくありませんので、従業員が始末書の提出を拒否してきた際には、会社側で始末書の性質について説明をすれば、提出に応じるようになるかもしれません。

始末書の強要は可能か

拒否している社員に対して始末書の提出を強制することはできるのでしょうか。始末書の提出を強制といっても、社内の部屋に閉じ込めて無理矢理手をとって書かせるということはできませんので、始末書不提出に対して、さらに制裁としての懲戒処分を下すことができるのでしょうか。
過去の裁判例は、懲戒処分によって強制することを否定していましたが、近年では、懲戒処分を下すことに対して肯定的な裁判例も増えてきました
もっとも始末書の不提出に対して懲戒処分をする場合にそれが適法となるのは、会社が始末書を求めたことが合理的な理由がある、ということが大前提です。

<裁判例>

懲戒処分を否定した裁判例
丸住製紙事件 高松高判昭和46年2月25日(労民集22巻1号)
始末書の提出を拒否した従業員に対し懲戒処分を下した行為が問題となった事件において、裁判所は
①始末書の提出命令は懲戒処分を実施するために発せられる命令であり、雇用契約に基づく労務提供の場で発せられる命令ではないこと
②労働者の義務は労務提供義務に尽きるもので,使用者から身分的・人格的支配を受けるものでないこと
の2点を理由として、「始末書の提出は業務上の指示命令に該当しない」と判断し、懲戒処分を無効なものと判断しました。

懲戒処分を否定した裁判例をみているとおおよそ以下の理由で懲戒処分を無効としていることが多いです。1)思想良心の自由を侵害している
憲法には思想良心の自由という権利が定められており、どのようなことを考え、信じるかということは個人の自由であるとされています。
この点、始末書には、反省や謝罪の意思を記載する必要があるので、これを強制する行為というのは、思ってもいない反省や謝罪の意思を押し付けることになり、労働者の思想良心の自由を侵害する、ということを意味します。

2)一事不再理の原則に反する
一事不再理の原則とは、1つの事柄に対して、何度も処分を下すことはできないという法律の原則です。
つまり1回目の「けん責」という懲戒処分による始末書提出を拒否したことに対してて、2回目の懲戒処分をすることは、結果的に同じ問題行為に対して2度制裁を下すことと同じではないか、という考え方です。

懲戒処分を肯定した裁判例
東京地裁平成23年10月31日
配転命令を拒否したので会社側が3回にわたりけん責処分として始末書の提出しましたが、それを拒否した従業員を懲戒解雇したという事案について裁判所は懲戒解雇を有効だと判断しています。
配転命令に従わない意思を表明している従業員は、会社が3回も機会を提供したにもかかわらず応じていません。この従業員の行動について裁判所は、自分の意向に沿わない使用者(会社)の命令には従わないという明白な志向の表れだと評価し、その従業員が会社からの配転命令に従わず、配置転換命令前の部署での業務を続行させたことによって、職場に混乱が生じたなどの理由で懲戒処分を有効なものと判断しました。

■人事考課査定による評価への反映は可能か

始末書不提出による懲戒処分は裁判例をみていても必ずしも有効になるわけではありません。しかし、始末書の不提出を黙認することは会社の秩序を保つためには望ましい状況とも言えません。
そこで人事考課査定の中で人事部の担当者は始末書不提出の事実を考慮要素の一つとして取り入れて、賞与の金額や、給与の減額を検討したり、あるいは、降格処分や配置転換等も労働力の適正配置といいうる範囲内では許容されるといえるでしょう。
もっともこうした処遇は、始末書の提出だけを考慮要素とするのではなくあくまでもいち考慮要素とし、それが全体の及ぼす影響を勘案したうえで決定するようにしましょう。

始末書を求め方

以上をふまえると始末書の提出を求める際には以下の手順を踏むようにしましょう。

1)事実の確認
問題が起こった時にいきなり本人に始末書の提出を求めるのではなく、関係者が存在する場合には、事実関係について複数人から聞き取りを行いましょう。

2)報告書の提出
関係者のみならず、本人からも事実関係を聞く必要がありますが、その際は「報告書」という書面の形で提出を求めましょう。
報告書は事実を記載するのみなので、反省や謝罪等は記載する必要がありません。
始末書ではないので、本人も提出に対して抵抗もないでしょうし、報告書とはいえ、本人に書かせることで会社としては多少なりとも事実に対する本人の認識を把握することができます。

3)始末書を求める
1)2)を経ても始末書の提出の必要性があると判断した場合には、本人に始末書の提出を命じます。
この時に、始末書の記載内容について細かく具体的に指示をすることは避けましょう。例文を渡すなどもっての他です。始末書には事実報告のみならず謝罪や反省の意思を表示する性質もあります。あくまでも本人の意思を尊重するように気をつけましょう。
最近はインターネット上に無料のテンプレートなどもあり、それを用いた始末書の提出も散見され、真意が反映されていないように思われるものもありますが、少なくとも争われたときのことを考慮し、会社が始末書の内容を強要することがないように注意をすることが必要です。

4)署名捺印
できれば、記名ではなく署名を求めましょう。
本人が自分の意思で記載したものであることを後日争われないようにするためです。

さいごに

会社の秩序を維持するためには一定程度の制裁を行なっていかなければなりません。社内統制がはかれている会社の方が、対外的によりよいサービスの提供を行うことができます。
そうした秩序維持の一環ではあっても、始末書はその求め方次第ではかえって従業員との揉め事を作ってしまう結果を招くことにもなりかねません。
問題ごとに対する対処は非常に繊細な問題ですから、始末書については就業規則に定め、その求め方についても慎重に対応していくことが必要といえます。ご不安な場合には、顧問弁護士等に適宜相談をしながらすすめていくことをおすすめいたします。


また、始末書の提出を求める機会が減る組織作りを心がけることも会社にとっては大切なことです。社員一同が会社のルールを再認識する機会を持つため、会社のルールを遵守するための勉強会等を開催したり、あるいはタクシーや運輸業界では毎日のアルコール濃度を測る呼気検査や、道路交通法等の法規(飲酒運転等)について学び直すという原点回帰の勉強会、それらに止まらず外部講師を招いて公共交通機関を利用する際の心得(痴漢撲滅等)など社会生活におけるトラブル防止についても意識付けするような企業が年々増えてきています。そのあたりもこれを機にご検討してみてもいいかもしれませんね。

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